Search Icons

Site Search

Search within product

第650号 2013(H25) .05-06発行

Click here for PDF version 第650号 2013(H25) .05-06発行

農業と科学 平成25年5-6月

本号の内容

 

 

春先のみ年間2回施肥による茶の省力肥培管理技術

佐賀県茶業試験場
製茶研究担当
明石 真幸

Introduction

 佐賀県の茶業は17世紀に嬉野市不動山に茶園が開墾されたことに始まる。昭和20年代当初の茶園面積は約500haであったが,現在は約1,000haで茶が生産されている。平成24年度の西九州茶連扱い荒茶数量は,蒸し製玉緑茶1083t,普通煎茶205t,釜妙り茶は22tとなっている。
 緑茶の品質は,全窒素やアミノ酸含有量等と密に関わっており,特にテアニン等のアミノ酸は,チャ樹体内の窒素栄養が豊富であるほど蓄積されることが知られている2)。このことから,佐賀県における施肥量は,1950年代まで年間窒素施用量が30kg/10aであったが,高度成長期にかけて70kg/10aまで増加し,100kg/10aを超える現地事例もある。このような施肥体系では,茶樹に吸収されなかった窒素が地下水へ溶脱するなど,環境への負荷が大きいことが指摘されている3)。そのため,現在は硝化抑制剤入り肥料の導入や施肥時期の見直しを行いながら,50kg/10aを基準とした施肥技術の確立に取り組んでいる。

 このように茶生産においては施肥量削減が進む一方で,茶の収量,品質低下への影響に対する不安が茶生産農家の多くで聞かれるようになってきている。また,肥培管理にかかる労力ならびに肥料コストの削減も重要な課題とされている。そのため,作物の生育ステージに応じて窒素溶出量を調整することが可能な「肥効調節型肥料」を利用し,肥効率を向上させ,環境負荷を軽減しつつ,茶の収量,品質を維持する技術開発が行われてきている4)The following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
 本報告では,茶園において石灰窒素および溶出パターンの異なる肥効調節型肥料を組み合わせ,省力かつ低コストな肥培管理体系を設計し,この施肥体系が玉緑茶の生産性に与える影響を調査した結果について紹介する。

2. Testing Method

1)年間2回施肥体系下における土壌中無機態窒素の動態調査

(1)試験ほ場および土壌条件

 佐賀県嬉野市嬉野町の佐賀県茶業試験場(標高80m)内ほ場において試験を実施した。供試ほ場は二条千鳥植えの34年生茶園(品種:’やぶきた’)であり,試験規模は10aで行った。土壌は第3紀層頁岩由来の細粒質黄褐色土である。

(2)試験ほ場の施肥設計

 試験ほ場における2回施肥区と慣行区への施肥の概要を表1に示した。
 2回施肥区は春先のみ年間2回の施肥体系とし,慣行区は年間5回の施肥体系とした。初年目の施肥を2007年2月とし3ヵ年施用した。両試験区の年間窒素施用量は同ーとし,肥料をうね間へ施用後,土壌表層と軽く混合した。2回施肥区に用いた配合肥料155の構成は表2に示した。
 なお,施肥以外の管理は慣行に準じた。

(3)肥効調節型被覆尿素の窒素溶出パターンの分析

 実際の栽培条件下における肥効調節型被覆尿素(硝酸化成抑制資材Dd入りリニア型40タイプとシグモイド型120タイプ)の窒素溶出パターンを把握するため,土壌への埋め込み試験を行った。
 埋め込みサンプルはポリエチレン製メッシュ(目開き1mm程度)の袋に各肥効調節型被覆尿素を等量入れたものを用い,試験ほ場に表層から5cmおよび20cmの深さに埋設した(写真1)。
 埋設後,一定期間(15日および30日)毎にサンプリングし,残存する窒素量から窒素溶出率を算出した。調査回数は各肥料,埋設位置,サンプリング時期毎に3反復とした。

(4)土壌分析

 春から秋にかけて2週間から1ヶ月毎に各試験区のうね問土壌を採取し,無機態窒素量(アンモニア態窒素および硝酸態窒素)ならびに土壌pHを測定した。

2)年間2回施肥体系による収量・品質および土壌化学性への影響調査

(1)生葉収量調査

 各試験区において,一番茶ならびに二番茶の10a当たりの生葉収量を調査した。

(2)製茶条件

 摘採した生葉は,当場60K蒸し製玉緑茶製造ラインを用いた標準製造法により製造した。

(3)品質評価

 製造した荒茶について官能評価を行った。評価は標準審査法(形状,色沢,水色,香気および滋味の各項目20点満点)により行った。
 また,茶成分分析計(GT-8S)を用いて荒茶中全窒素および中性デタージェント繊維含有率を測定した。

(4)土壌分析

 試験を3年間継続後,各試験区のうね間土壌を採取し,土壌の化学性を調査した。

Test Results and Discussion

1)年間2回施肥体系下における土壌中無機態窒素の動向

(1)茶園における肥効調節型被覆尿素の窒素溶出パターン

 試験ほ場への埋め込み試験による窒素溶出パターンは積算気温に基づく窒素溶出シミュレーション結果に比べ,肥効調節型被覆尿素の窒素成分が遅めに溶出した(図1)。
 また,埋設位置の影響は,Dd入りリニア型40タイプでは認められなかったが,シグモイド型120タイプでは,深さ20cmに埋設した場合に溶出速度が遅れる傾向が認められた。

(2)土壌中無機態窒素の推移

 春から秋にかけて土壌中の無機態窒素の推移を調査した結果,2回施肥区では慣行施肥と比較して4~8月のうね間土壌中のアンモニア態窒素濃度が高く維持された(図2)。また,降水量が多い時期でも慣行区に比べ土壌中無機態窒素量がやや多く維持された。
 これは,石灰窒素およびDd入り肥効調節型被覆尿素の効果によるものと推察される。

(3)土壌pHの推移

 2007年の調査では,7月に2回施肥区のみpH4.8と高い値を示したが,その他は両試験区ともpH3.3~3.8で同様の推移を示した(図3)。
 2009年の調査では,慣行区が2回施肥区よりもやや高めに推移した。

2)年間2回施肥体系による収量・品質および土壌化学性への影響

(1)茶の収量・品質への影響

 2回施肥区と慣行区における生葉収量および荒茶品質を表3に示した。
 一番茶および二番茶の生葉収量については,慣行区と比較して2回施肥区で多い傾向が認められたが,官能評価結果では処理間の違いは認められなかった。
 また,うま味の指標である荒茶中全窒素含有率は,慣行区と比較して一番茶では2回施肥区が同等かあるいはやや優れており,二番茶でもほぼ同等であった。

(2)土壌化学性への影響

 試験を開始して3年経過後の2回施肥区と慣行区のうね間土壌の化学性を表4に示した。
 土壌pHについては,慣行区でやや高い傾向を示した。
 また,2回施肥区は慣行区と比較すると腐植率が1.5%低くなり減少する傾向にあった。これは,2回施肥区は,化成肥料中心の施肥設計のためと推測される。
 今回の調査では,可給態リン酸,CECならびに塩基バランスについては適正であり,2回施肥体系の影響は認められなかった。

Summary

 石灰窒素ならびに肥効調節型被覆尿素Dd入りリニア型40タイプとシグモイド型120タイプを組み合わせた配合肥料155を施用することにより,茶の生育期間全体で連続的な窒素の溶出が確認された。
 土壌中無機態窒素含量は,2回施肥区において石灰窒素ならびに硝酸化成抑制材の効果により,施肥直後から梅雨期後まで高く維持され,アンモニア態窒素含量についても高く推移した。このことは,茶園からの窒素成分の流亡を抑え,環境への負荷を低減するとともに,収量・品質の維持が可能な肥培管理技術となり得ることが分かった。
 さらに配合肥料155を利用した2回施肥区は,環境負荷低減に加えて,近年過剰傾向にあるP2O5,K2O成分を削減した施肥体系となっており,肥料コストならびに施肥労力の削減が可能な低コスト省力技術であると考えられる。

5.今後の課題

 2回施肥体系は無機態窒素(化成肥料)中心の施肥設計となっているため,長期間の継続に際しては定期的に土壌診断を行う必要がある。肥効調節型被覆尿素の窒素溶出パターンは気象条件によって異なるため,対象地域の気象条件を考慮することが重要である。
 現在,今回試験した肥効調節型被覆尿素を含む配合肥料を中心とする施肥体系よりも有機態窒素の割合を高めた省力施肥体系が茶樹の生育や茶の収量,品質に及ぼす影響について調査を行っているところであり,今後成果として公表していきたいと考えている。

References

1)佐賀県農業試験研究センター100年史,1,(2000)

2)石垣幸三(1978)
 茶樹の栄養特性に関する研究,茶研報,No14,1-152.

3)松尾宏(1992)
 茶畑を集水域とする溜池の酸性化現象について,用水と廃水,32(2),18-34.

4)堺田輝貴ほか(2010)
 玉露園におけるジシアンジアミド入り被覆尿素の施用効果と窒素施用量の削減,茶研報,No110,9-18.

 

 

高温生育条件下における「コシヒカリ」の
品質低下防止のための後期栄養維持施肥法

新潟県農業総合研究所
佐渡農業技術センター
専門研究員 土田 徹

Introduction

 近年,水稲生育期間の気候温暖化に伴い,胚乳部分が白く濁る未熟粒(白未熟粒)の多発による産米の品質低下や1等級比率の年次変動が大きくなっている。品質低下要因には,登熟期の高温条件,特に出穂期から登熟初期の高温が白未熟粒の発生に関与していることが指摘されている。この背景には,良食味米生産のため,玄米タンパク質含有率の低減が重視されて窒素施肥を控える等によって稲体が生育後期に栄養凋落することも影響していると考えられる。登熟期の窒素不足は高温登熟条件下で白未熟粒,特に基部未熟粒の発生を助長するとの報告もあり,過度な生育後半の窒素供給の制限が,外観品質の低下を招いている可能性は高い。
 米粒の充実を良くするため,従来は穂揃期追肥が実施されていたが,外観品質を高める効果がある一方で玄米タンパク質含有率を高めて食味を低下させることから現在は施用しないよう指導されている。稲体の登熟能力を高く維持し,品質を高めるとともに,玄米タンパク質含有率を高めない,品質と食味が両立できる新たな施肥管理法の確立が大きな課題となっている。
 そこで,高温登熟条件を水田内にビニールハウスを設置することで再現し,窒素溶出パターンの異なる3種類のリニア型被覆尿素肥料の肥効が外観品質等に与える影響について検討した結果を紹介する。

2.ビニールハウスによる高温処理

 通常の気象条件の年でも暑い夏を再現するために水田内に長さ8m,幅1.5m,高さ1.8mのビニールハウスを設置し,出穂5日後から2週間程度高温処理を実施した(写真1)。処理期間のビニールハウス内中央部分の気温は,日平均で1.2℃外気温より高まっていた。日射がある昼間の気温は平均で2.3℃外気温より高まっていたが,夜間の気温は0.3℃の上昇とビニールハウス内外の気温差はほとんどなかった。

3.被覆尿素の溶出経過と土壌窒素発現量

 リニア型被覆尿素の溶出割合と土壌窒素発現割合を図1に示す。生育後期の稲体栄養凋落を抑制するため,地力窒素の代替として窒素溶出パターンが異なるリニア型被覆尿素LP70,LP100 ,LP140の3種類を基肥施用時に基肥量(1.5または3.0kgN/10a)に上乗せで2kgN/10a施用した。被覆尿素からの窒素溶出率は,最高分げつ期頃までにLP70は約51%,LP100は約38%,LP140は約25%であった。出穂期以降成熟期までは,LP70で約11%,LP100で約13%,LP140で約20%であった。出穂期以降は最高分げつ期までと逆にLP140,LP100,LP70の順で窒素の溶出があった。試験設計の段階では新潟県の水田土壌からの窒素発現パターンはLP100の溶出パターンと同様と考えて3種類のリニア型被覆尿素を用いたが,センター内の土壌窒素発現を湛水密栓培養法で測定した結果,LP140の溶出パターンとほぼ一致した。

 出穂期と成熟期の葉色値(SPAD値)とそれぞれの差を図2に示す。葉色値の推移を比較すると,出穂期では被覆尿素の上乗せ施用の有無による差はないが,成熟期では被覆尿素の施用で高まった。このことは,被覆尿素の上乗せ施用は出穂期以降も持続的に窒素が供給されるため,出穂期から成熟期にかけての葉色値の低下を抑制できることを示している。なお,いずれも被覆尿素の種類による差は小さかった。

4.外観品質

 登熟初期が平年より高温であった2005~2007年の試験結果を中心に被覆尿素肥料の肥効が外観品質に与える影響を検討した。出穂期から成熟期の葉色値の差と白未熟粒の関係を図3に示す。ハウス外では出穂期から成熟期の葉色値の差と白未熟粒の発生に関係が認められなかったが,ハウス内では出穂期から成熟期にかけての葉色値の低下が大きいほど白未熟粒が増加する傾向にあった。成熟期にかけて葉色値が低下するような稲体の窒素栄養状態の場合,高温登熟条件では平年の気象条件下より白未熟粒の発生が多くなった。

 基肥3kgN/I0a処理の試験区において,被覆尿素の種類,高温処理の有無および栽培年次が外観品質に及ぼす影響を表1に示す。栽培年次別にみると,2005年では基部未熟粒は少なかったが,乳白粒,青未熟粒がやや多くなった。登熟初期に高温であった2006年では基部未熟粒が多発したが,2007年では整粒歩合が高かった。2005,2006年の総籾数は26,000粒/㎡前後であり,倒伏程度も3以下であったので,品質低下の主な要因は登熟初期の高温であると考えられる。ハウス内ではハウス外に比べて基部未熟粒,乳白粒が多発した。これは,高温のほかにビニールフィルム自体の遮光等が影響したものと考えられる。

 被覆尿素施用は無施用に比べて基部未熟粒が有意に減少した。種類別にみると,LP70では基部未熟粒が少ないが乳白粒,青未熟粒が多くなる傾向がみられた。LP100では基部未熟粒がLP70と同程度に少なく,LP70のような乳白粒や青未熟粒の増加がみられなかった。LP140では基部未熟粒はLP70,LP100ほど少なくないが,乳白粒が少なかった。LP70 は窒素の溶出が比較的早く,㎡当り籾数が多くなるため,籾数過多で発生が多い乳白粒や青未熟粒が多く,逆にLP140では溶出が遅いため,乳白粒の発生が少なかったものと考えられた。
 高温条件で発生が多くなる基部未熟粒は,穂肥を増やすことで減少することが指摘されている。本試験も同様な結果であり,登熟期間が高温で推移した場合,リニア型被覆尿素を施用することによって登熟期間の葉色値の低下が抑制されるため,光合成活性が維持され,基部未熟粒の発生が抑えられて外観品質が向上するものと考えられた。

5.収量と玄米タンパク質含有率

被覆尿素の種類別の収量および玄米タンパク質含有率を図4示す。収量は被覆尿素の施用で高まる傾向がみられLP70では有意に高まった。玄米タンパク質含有率は被覆尿素の施用で高まる傾向がみられたが,その差は小さく,食味を低下させるほどではないと思われた。

6.現地試験

現地水田(ビニールハウスなし)で本施肥法を検討した結果,センター内と同様に被覆尿素を施用しない慣行施肥に比べて基部未熟粒が減少し,整粒歩合が高まる傾向がみられた。
 その効果は水田土壌からの窒素発現パターンとほぼ同様なLP140が安定して高かったが,地力窒素発現量が多い水田では,LP70 の施用により,籾数が増加して乳白粒が多発する傾向が認められた(図5)。地力窒素発現量を考慮し,被覆尿素の上乗せだけでなく,基肥に使用する速効性肥料を減肥するなどして生育量をコントロールする必要があると考えられた。

Summary

 高温登熟条件をビニールハウスを水田内に設置することで再現し,地力窒素代替効果が期待できるリニア型被覆尿素が産米品質に与える影響を検討し,以下のことが明らかになった。
(1)高温登熟条件では出穂期から成熟期の葉色値の低下が小さいほど白未熟粒の発生が少なく,整粒歩合が高まる傾向がある。
(2)リニア型被覆尿素を基肥の速効性肥料と配合して本田に施用すると,出穂期以降も持続的に窒素が供給されるため,登熟期間の葉色値の低下を抑制できる。
(3)被覆尿素の利用は登熟後半まで窒素供給が持続することで葉色値を維持し,基部未熟粒の発生を抑制する。高温登熟条件下では,慣行施肥に比べて白未熟粒の発生が少なくなり,整粒歩合が高まる傾向が認められる。
(4)整粒歩合を高める効果は水田土壌からの窒素発現パターンとほぼ同様なLP140が安定して高いが,地力窒素発現量が多い水田では,LP70の施用により,籾数が増加して乳白粒が多発する傾向がある。過剰生育や倒伏が懸念される場合は,基肥の速効性肥料を減肥する必要がある。
(5)普及に当たっては,水管理による土壌からの窒素発現の促進や稲体の活力維持を基本とし,それでも登熟後半に稲体の栄養凋落がみられる水田において本施肥法を活用する。もちろん本施肥法だけで高温登熟条件での品質向上が可能となるわけではない。高品質米生産のためには適期田植えや適正な中干しなどの実践も大切である。

 

 

全量基肥施肥技術,苗箱施肥技術の
技術的課題と推進方向

Jcam Agri Corporation Tohoku Branch
技術顧問 上野 正夫

Introduction.

 私が被覆肥料(LPコート®)と初めて出会ったのは1980年代半ば頃でした。水田土壌窒素の無機化技術を研究していたこともあり,窒素的地力の低い水田を地力の高い水田に変貌させることが可能になるとの期待から,高揚した気分になったことを思い出しています。シグモイド型の被覆肥料の登場は一層その思いを強くしました。
 今回は当時を思い出し,被覆肥料を利用した代表的な普及技術である「全量基肥施肥技術」と「苗箱施肥技術」の技術課題と今後の推進方向について述べることにします。

1.全量基肥施肥技術

 基肥一発施肥技術は,その名のとおり基肥のみの施肥で追肥のいらない施肥技術です。生育面では,慣行栽培に比較して,初期の生育量をややセーブし,生育中期から後期にかけて,適正な栄養条件を維持することにより,充実した穂を確保し,穂重感のある稲作りを志向して確立した技術です。
 この施肥技術のセールスポイントは,自分の営農の中で経営的に成立する水稲の目標収量水準を明確にし,水田地力の実態に応じて,速効性肥料と被覆肥料を上手に調和させることにより,目標収量が安定して確保されることにあります。

(1)水田地力に合わせて被覆肥料を選択

 実証試験として,地力の高い水田としての滝山土壌(無肥料栽培で450kg/10a程度の収量水準)と地力の低い農試土壌(無肥料栽培で360kg/10a程度の収量水準)において,目標収量を600kg/10aに設定し,全量基肥施肥試験を行いました。
 それによると,地力の高い滝山土壌と地力の低い農試土壌とも慣行施肥区(基肥+追肥)より明らかに増収し,全量基肥施肥各区とも安定して目標とする600kg/10a程度の収量を実証しました。従来の肥料試験では収量結果に対する解析が主でしたが,本試験では目標収量を600kg/10aに設定し,目標収量が達成できるよう試験設計を重視しました。
 その結果,地力の高い滝山土壌では,水稲生育中期以降に無機化する土壌窒素量が多く,施肥窒素量も当然少なくてすむとともに,肥料の溶出タイプも,速効性と緩効性の割合が3:7程度のブレンド品が適当で,10a当たり6kg程度が適正窒素量と判明しました。

 一方,地力の低い農試土壌では,初期生育(6/30までの窒素吸収量)を確保するための速効性の化成肥料とともに,生育後期の窒素吸収量のかなりの部分を施肥に依存する必要があり,この場合は,速効性の化成肥料とシグモイド型の肥効を示す被覆肥料をブレンドし, 10a当たり8kg程度を施肥することにより,目標収量を確保することができました。なお,現地でも,土壌肥沃度に応じて実証試験を行い,目標収量が得られることを確認しました。
 これまで,ややもすると,水稲の収量は,土壌の素質(主に窒素肥沃度)によって支配される傾向がありました。しかし,被覆肥料の出現は,地力の低い土壌(養分保持力が小さく,生育後期の窒素供給も低く秋落ちする土壌)でも,地力の高い土壌に変身できる期待を抱かせるものでした。つまり,土壌の持つ地力と施肥が一体化して,目標とする土壌の窒素肥沃条件を作り得る可能性をもたらしたことになります。図1が慣行施肥区(基肥5,追肥1.5,1.5kgの計8kg)に匹敵したLP区(LP100が7kgのみ)の窒素吸収経過です。

(2)基肥一発施肥技術と深水管理は相性がよい

 基肥一発施肥技術にとって深水管理は実に相性のよい技術と考えます。ここでいう深水管理とは,移植後以降,9~10葉期頃(有効茎決定期~最高分けつ期,6月末間での時期)の生育前期深水のことをさしています。
 深水管理のポイントをあげると,
①深水管理の時期は,移植から遅くとも最高分けつ期頃までの生育前期に。
②水深は,水稲の葉齢とほぼ同一cm(10葉期なら水深10cm)を確保。
③有効茎が確保されたら,必ず中干し(土壌により加減。普通は小ヒビが入るくらい)。その後は,根を酸化的に維持するため,間断潅水(実際には表面水がなくなったら2~3日干してから潅水)。
④深水管理の期間中,葉色が薄く栄養が不足している稲は,茎が太くならず徒長する。深水管理を行うには,ある一定の葉色を維持し,栄養的に恵まれた状態で行う。
 とくに,④が重要で,深水管理をする際の前提条件であると考えます。栄養的に恵まれた状態で行ってこそ,遅発分けつを抑制し,茎が太くなり,しかも揃いの良い充実した茎にな
る。それが穂重感を増し,登熟歩合の高い多収稲につながることを経験してきました。したがって,基肥一発施肥技術と前期深水管理は,セット技術として導入すべきであり,とくに,側条施肥による基肥一発施肥技術では前期深水管理はまさに必須技術と考えています。

(3)品種における適正粗蛋白含量の設定
   -台形理論の提案-

 最近の食味と粗蛋白含量の関係について,あまりにも過敏に反応しすぎているのではないかと憂慮しています。これまで米の食味と粗蛋白含量の間には,負の関係が認められています。そのことを否定する気は毛頭ありません。その年の気象に逆らって,登熟が全うできないような高窒素条件では当然米粗蛋白含量は高まり食味は劣ります。要はその品種の特性を重視し,その年の気象条件に調和した米作りが重要と考えます。
 そこで,食味と米の粗蛋白含量の関係が単純な負の直線関係で説明されるものではなく,品質(整粒歩合)や収量性を総合的に検討した結果,図2に示したように,食味値と精米粗蛋白含量の適正水準(台形理論)を提案しました。ここでは,適正範囲を6.5%~8.0%としていますが,各地域で,品種別に変曲点の数値を検討し,コンセンサスを得た数値として見直すことは何らさしっかえないし,そうすべきと考えています。

 したがって,結論は,その品種の特性を重視し,その年の気象に調和し,適正栄養条件下で登熟が完全に全うできれば,うまい米が生産されるものと考えるべきです。要は「適正籾数下における健康な稲作り」であり,結果として,精米の粗蛋白含量が設定した「品種別適正水準内」に収れんされるものと考えます。

2.水稲育苗箱全量基肥栽培

(本技術の特徴と評価)

(1)育苗箱全量基肥栽培とは,播種時にあらかじめ育苗箱施肥専用肥料を播いてしまうため,本圃での施肥が省略できる超省力型の施肥法です(図3)。

一定期間,溶出が抑えられるシグモイドタイプの被覆尿素「苗箱まかせ®」を用いて,生育期間に必要な窒素の全量を育苗箱内に施用し,育苗終了後,移植苗とともに本田に持ち込む全量基肥施肥法です。肥料が稲の根と接触しているため,窒素の利用率が高まり,従来の全量基肥施肥法よりさらに施肥効率が向上します。

(2)標準的な施肥方法としては,育苗箱に床土を入れた後に専用肥料を施肥,播種,覆土を行う「層状施肥法」によって播種と同時に施肥作業を行います。育苗期間における専用肥料の溶出は極少に抑えられます(これがこの肥料の生命線です)。また,育苗1箱あたり速効性肥料(N成分で0.5~1g)は,従来どおり床土に施肥する必要があります。

(3)施肥効率が高いため肥料の節減ができます!肥料と根が接触しているため肥料利用率が非常に高く,施肥量が低減できます。目安としては,化成肥料に対しては約30~40% ,緩効性肥料に対しては10~20%の節減が可能です。また,何よりも生育が均一化します。また,稲わら圃場での生育も安定化します。

(実際の施肥)

 現在,この施肥法に使える資材は,表1に示したジェイカムアグリ(株)の「苗箱まかせ
400-60,100,120」,および「苗箱まかせNK301-60,100,120」に限られ,その他の被覆肥料は使うことができません。ラグ期間はそれぞれ,30日(60,100タイプ)に設定しています。

 被覆肥料の施用法は,播種作業工程に肥料ホッパーを新たに設置することで,層状施肥が可能になります(図4,図5,写真1)。

(育苗箱全量施肥栽培の留意点)

(1)育苗編

①被覆肥料の被膜を傷つけないように十分注意してください(平型混合機,平型スコップ,靴による破損)。
②「苗箱まかせ®・の吸湿を防ぐために施肥ホッパー内に長時間放置しないでください。
③育苗培土は,保水力があり(最大容水量50g/100g乾土以上で80以上が望ましく,培土使用量は2kg以上を確保),窒素成分が少ないもの(0.5~1.0g/箱)を使用します。
④本技術では,施肥量が増えるに従って床土量が減ることになります。そのため,発芽障害の防止のため「苗箱まかせ®」は1kg/箱を限度とします。また,播種時の潅水量は多めにして,育苗中の水管理は十分ご留意ください。水管理の安定化のためにプール育苗が適しています。
⑤「苗箱まかせ®」は湿度によって溶出が変わる性質がありますので,育苗中は40℃を超えないように湿度管理に注意してください。また,成苗への適用は避けてください。稚苗育苗が基本です。

(2)本田編

①本田においては,緩やかに肥効が発現するため,初期の分けつが少なくなる傾向がありますが,追肥は行わないでください。育苗箱全量基肥栽培では,従来より,初期茎数がやや抑制されます。そして6月下旬から7月上旬にかけて回復してくるため,有効茎歩合の高い生育パターンになります。そうした生育パターンに馴れることが特に重要になります。
②「苗箱まかせ®」はN400が窒素のみ,N301が窒素と加里を含有した肥料です。土壌改良により土壌養分が満たされた圃場では,「苗箱まかせ®」のみで十分栽培が可能になります。しかし,地域の基準施肥量を遵守したい場合は,燐酸や加里の不足分は別途土づくり肥料などを用いて施肥する必要がありますThe following is a list of the most common problems with the "C" in the "C" column.
※燐酸については,培土に「苗箱りん田」を使用することによって補うことができます。

(今後の課題)

 苗箱専用肥料は「苗箱まかせ®N400」が窒素のみ,「苗箱まかせ®NK301」が窒素と加里のみです。したがって,燐酸施用をどう考えるかが課題になります。もともと水田は,地力温存型の性格を有しており,とくに,燐酸は,生育中期以降,還元状態の進行に伴い,固定されていた燐酸が有効化し,リッチな状態に維持されます。なお,肥料コスト低減が求められる現在,苗箱施肥のみでの対応も十分考えられます。燐酸の対処方法としては,いくつかの方法がありますが,総合的な土壌改良対策を講じ,本田施肥は,苗箱まかせで対応することが望ましいと考えています。
 肥料が苗と密着しているため利用効率が60~70%と極めて高いことが特徴です。したがって,最初に導入する場合は,特別栽培米(慣行栽培の窒素成分が50%以内)から始めることをお勧めします。
 その後,苗育苗に自信がついたならば,多収技術に挑戦してほしいと思います。多収技術の基本は,有効茎歩合の高い秋優りの高い稲作りと考えます。従来,特に寒冷地稲作の基本は初期茎数の早期確保とされてきました。早期茎数の確保は,地域の平準化技術にとっては極めて重要ですが,そのカベを破り良質多収技術を目指すためには,最高茎数を抑制し,生育中期の葉色を極端に落とさない(への字型稲作)有効茎歩合の高い偏穂重タイプの稲作がポイントになると考えます。苗箱全量基肥栽培はそれを可能にする近道と考えます。是非,挑戦してください。